台湾雑話 1

 以下の「台湾雑話」は圓寂坊のメルマガ、中国武術&気功集成に以前連載したものです。圓寂坊の台湾での生活や記憶がしたためられております。ところどころに、季節感や当時の思いとかアクシデントとか入ってますが、無視してお読みください。(;^_^A

(なお、上が古い発行分となってます。下に行くほど発行が新しいです。最も古いのは2001年ぐらいだったと思います。)


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  台湾雑話(木瓜牛【女乃】編)
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 いやぁ〜、毎日暑いですが、皆さんお元気でおすごしでしょうか?私は少しバテ気味です。(;^_^A

先日、
NHKのニュースで、最近台湾で流行っている飲み物を紹介していたのを見ました。ご覧になられた方も多いと思いますが、それは山薬牛【女乃】と言うものでした。牛【女乃】とは日本で言う牛乳のことです。発音は「ニューナイ」です。(因みに台湾で牛乳のことを牛乳「ニュールゥ」とは言わず、これでは意味が通じないことが多いです。ただ学識のある人などは「ニュールゥ」と言ってもわかると思いますが、一般的には通じにくい様です。)山薬牛【女乃】ですから「サンヤオニューナイ」と発音します。山薬とは山芋(ヤマイモ)の漢方薬名です。

 どんな飲み物かというと、私も飲んだことがないので想像だけで書きますが、その名前と映像から、ヤマイモをミキサーにかけ、同量の牛乳と混ぜ合わせて砂糖を加えて味付けした飲み物らしいです。現地の人達によると、なかなかうまいと言うことでした。また、健康志向の強い台湾の人々はヤマイモの精力増強、疲労回復などの薬効にも期待している様に見えました。

 何故これがわざわざNHKで取り上げられたのかと言うと、実は日本の北海道の十勝産の長芋(トロロイモ)がその原料となっているからです。厳密に言うと、長芋と山芋は形も味も異なる物ですが、すりおろすと、ねばねばになるところから、日本でもいっしょくたにされています。本当の山芋は自然薯とも言い、山に自生している地下茎です。ゴロンとした丸い形のものもあります。すりおろすと、長芋などよりもっと粘り気が強く、味も濃い物です。

 報道によると、日本の家庭では小ぶりの長芋が喜ばれて、大きな太い長芋は敬遠される傾向があったのだそうです。そこで、日本の市場に出荷できるのは小さめの長芋だけで、たくさん取れる大ぶりの長芋をどうするかと、生産者の方たちは苦慮していたわけです。

 そこへ救世主として現れたのが台湾の企業で、毎年処理に困っていた大量の大ぶり長芋を買い付けてくれたのでした。以来、順調に台湾へ輸出されているようです。また、台湾ではこの山薬牛【女乃】の原料としてだけではなく、一般家庭やレストランでも、日本から輸入された長芋を使ったさまざまな料理が登場している模様です。

 さて、話は変わりますが、私が台湾に留学する前にガイドブックなどで知り、是非飲んでみたかった飲み物がありました。それは、パパイヤ牛乳です。中国語で書くと木瓜牛【女乃】となります。

 木瓜牛【女乃】(ムークヮニューナイ)とはパパイヤをミキサーにかけ、それに牛乳を加え砂糖で味付けした飲み物です。その量も半端ではなく、一人前が500ccもあります。(だいたいにおいて、台湾の飲み物は量が多いです。暑いからかな?)

 で、台湾に着いたその日でしたか次の日でしたか、早速飲んで見ました。なんとその味は予想していたよりも甘くなく、淡白な味ではありましたが、「これはうまい!!」と感動したのを覚えております。以来やみつきとなり、街頭でパパイヤ牛乳を売る店を見つけては飲んでおりました。当時価格はだいたい25元から35元ぐらいだったと思います。(一元=4円換算です。当時。(^^ゞ因みに値段の高い店ほど美味いということではありませんでした。)

【 パパイヤはパパインと言う消化酵素を含んでいるので、肉料理等の脂っこい物を食べた後には、消化を助ける為、食後の飲料として最適です。ただ、牛乳を多く使ってありますので、飲みすぎるとお腹がゆるくなるかもしれません。 】

 そうしているうちに、その味も店によってかなり違うという事に気づきました。めっちゃうまい店、まぁまぁの店、まずい店と自分の中で三ランクぐらい出来ました。同じ店でも、日によって味が違うこともあります。要するに味が一定していないということですね。勿論、まずい店には一回きりしか行きませんが。当時の私の中のランクでは、かの有名な「高雄牛乳大王」と言う店(ここがパパイヤ牛乳を始めた)などは、まぁまぁのランクで、街頭の小さな店のほうがおいしいと感じた所が多かったように思います。(まずい店も、もちろんあります。(^^ゞ)

 ところが、数年前台湾へ遊びに行った時に、台北のSOGOデパートの裏にある牛乳大王の支店に行ったのですが、なんかかなり味が落ちていました。(有名店の驕りか?)で、もう二度と行く気がなくなりました。

 じゃあ、どこの店がうまかったのかと言うと、残念ながらもう記憶が薄れてしまって思い出せません。それに、台湾の店舗は変わり身が早く、いつまでも同じ場所で同じ商売をしている店は少ないのです。恐らく、今は街の様子もかなり様変わりしていると思われますので、お勧めの所はどこであるかは言えません。ただ、デパートの地下食品売り場などのカウンターで売っているパパイヤ牛乳は、当たりはずれが少なかった様に記憶しております。

 読者の皆様も台湾へ行かれた折には、是非パパイヤ牛乳をお試しください。上記の様に店によって当たりはずれがありますので、根気よくうまい店を探して幸せになりましょう。また、他にも西瓜牛乳などもありますから試してみてください。(因みに私は西瓜ジュースは牛乳を加えることなく、ストレートの方が好きです。香港などでは道端でよく「西瓜汁」と書いて売っています。安くてうまいです。でも、水と砂糖を加えてあるのは歴然ですが。)

 なお、これは余談ですが、私も今年は厄年も明けたということで、八月のお盆が終わってから、ちょこっと台湾へ遊びに行こうかなと思っております。忘れていた記憶がきっとたくさん甦るでしょう。その時には、冒頭に紹介した未知の味、山薬牛【女乃】を試してみたいと思います。また、いろいろな旅行中のお話もこのメルマガで紹介したいと思っておりますのでお楽しみに。

 今回のテーマでは、なぜかあまり思い出話がわいてきませんでした。次回の「台湾雑話」は下宿やアパートなどを探した苦労話を書いてみたいと思っております。

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   台湾雑話(家探し編その1)
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 さて、今回の台湾雑話は、台湾に留学してからどの様にして住む場所を見つけたかについて、記憶をたどりながらお話してみたいと思います。

 台湾には1990年の5月の末に行きました。留学や師範大学への入学の手続き等は、「日○交○協会」(多分この名称だったと思いますが、定かではありません。NHKの中国語講座のテキストの巻末に広告が出ていたので利用しました。)に頼んでやってもらったのですが、この会社は不手際が多く、結局書類の不備等(私はとっくに準備してこの会社に送ってあったのに、この会社の事務が遅く、入学手続きの書類提出が締めきりを過ぎた為)で、6月から予定していた師範大の入学が9月にずれ込むことになり、三ヶ月待つ事になってしまったのでした。その他にも、右も左もわからない、言葉もよく通じない台湾でのいろいろの手続き等(ビザの切り替え、入学手続き)も、現地スタッフがいるのかと思いきや、結局全部本人がやらなければならないという体たらくで、何の為に高いお金を払って依頼したのか、当時大変口惜しい思いをしたのを覚えております。(-_-メ) この会社は本当に無責任で、文句を言いたいことはたくさんあったのですが、もう10年近くも前のことですから勘弁してやろうとは思っていますが…。(-_-;) 皆さんも留学する時には変な留学支援会社にひっかからないようにしましょう。

 さて、そんな無責任な会社が用意してくれた、台北での宿はYMCAのホテルでした。なんとそれはツインの部屋で、「N君という私と同じような留学生(大学を卒業したばかり)がもう一人、先に行っているから宜しく」とのことでした。これは行く直前に聞かされました。(-_-;) 幸いN君は良い子でしたからよかったのですが、こんな所にもこの会社の無責任さが表れています。私はたしかシングルで頼んでいたはずだったんですが…。

 せっかく台湾まで留学して、9月までの三ヶ月の期間を遊んで過ごすわけにもいかないので、私はその間、「国語日報」と言う語学センターで授業を受ける事にしていました。N君は留学期間が短いので、どうしようかと考えていたらしく、私と同じ国語日報へ通う事に決めまして、翌日早速二人で入学手続きをしに行ったと記憶しております。しばらくはホテル住まいで学校に通う事にしたわけです。でも、いつまでもホテル暮らしが出来るほど経済的な余裕があるわけでもないので、下宿かアパートを探すのは二人にとって急務でありました。

 そこで私は、以前台湾に下見に訪れた時に知り合いになった、現地案内人の曾さん(もちろん日本語ペラペラ)と連絡をとり、一緒に探してもらう事にしたのですが、なかなか良い所が無く、曾さんは面倒臭くなったみたいで、1日しか手伝ってくれませんでした。

 因みに台湾人の部屋探しの方法は、街の壁の至る所に貼ってある、紅い小さな紙を見て探します。この紙の名称は忘れてしまいましたが、部屋を貸したい人が作成して、部屋の大きさ・家賃や条件・電話番号などの連絡先を書いて、街の壁などの目に付きやすい場所に貼ってあるものです。「租房」とか「租套房」と書いてある紅い紙がそうです。この套房というのは、シャワー、トイレ付きのちょっとランクの高い物を言います。普通の部屋だとトイレやシャワーなどは共用になるようです。家賃は様々に設定されていますが、4畳半から6畳ぐらいの広さの部屋だけなら3000元(15000円:当時1元=5円換算)前後であったと記憶しております。套房なら、ひと部屋大体6000元から15000元ぐらいだったでしょうか。

 曾さんに見放された我々二人でしたが、実は大阪で中国語を教えてくれた、台湾美人の先生が、台北で大学に通っている妹さんを紹介してくれていたので、早速電話をかけてみる事にしました。拙い中国語でなんとか意志を伝えることが出来、翌日一緒に部屋を探してくれる事になりました。

 で、翌日ホテルで待ち合わせしたのですが、やってきたのはその先生の妹さんではなくて、妹さんの友達(やはり大学生)でした。なんでも急用が出来たので、妹さんは来られないということで、その友達を寄越してくれたのでした。彼女はそんなに美人ではなかった(例の台湾美人の先生の妹なら、間違い無く美人!!と期待していた?(^^ゞ)けれど、とても気立てのよい娘さんで、一日中、足を棒にして探してくれました。その時二人とも、「なんて親切な娘なんだ。(T_T)」と感動したのを覚えております。

 その彼女と一緒に、やはり上記のような探し方で、何軒かの部屋を見て廻りました。その方法は、街を歩き回り、これといったよさそうな物件の張り紙を見つけては、電話をかけて問い合わせ、まだ借主が見つかってない物件ならば、大家さんに立ち会ってもらって、部屋を見せてもらうのです。N君は予算が少ないので、少々居心地が悪くても、なるべく安い所が良いということで探していましたが、私には絶対に欠くことの出来ない条件がありました。それは、少々高くてもよい(高級套房ならクーラーは付いてますが、ちょっと手が出ませんでした。)が、必ずクーラーのある部屋ということでした。何故なら、高野山での生活が長かった私は、寒さにはかなり強かったのですが、暑さにはとても弱くなっていましたから。台湾の暑さにクーラー無しではとても耐えられないと考えたからです。そのような二人の提示条件が影響してか、とうとうその日は部屋は見つからずじまいでした。でも、さすがに疲れた様子の彼女にもう一日頼むとは言えませんでした。結局、彼女にこれ以上付き合ってもらうのも可哀想になり、「後は自分たちでなんとかします」という旨を伝え、丁寧にお礼を言って帰ってもらったのでした。でも、二人ともなんの当ても無かったのでした。(どうしよう〜(T_T))


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   台湾雑話(家探し編その2)
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 結局、台湾の人達に一緒に探してもらっても、部屋を見つけることのできなかった私たちは、本当に困っておりました。

 溺れる者は藁をもつかむと言いますが、一刻も早く定住地を見つけなければならない我々は、大変あせっておりました。そこで、ホテル(YMCA)のフロントの小姐(シャオチエと読みます。(^^ゞ現代では、「おねえさん」ぐらいの意味で使っていますが、昔だと「お嬢様」の上品な言い方。)にも聞いてみようと言うことで、「我々二人は台湾へ留学に来たのだが、部屋が見つからなくて困っている」と言ってみたのです。

 ちょうどその時、カウンターには二人の小姐がいたのですが、二人は何か中国語で話し合った後(この時私はまだ台湾の人達の会話は聞き取れませんでした。(^_^;)でも、何か「可哀想よね。」などと言う言葉を言っていたのは解りました。)、一人の小姐が「心当たりがあるよ。」と言って、知り合いの大家さんを紹介してくれ、電話をかけてくれたのです。

 そこは、台北市の南にありました。重慶南路三段から中正橋を渡ったところにある、永和市と言う所でした。そう、あの有名な永和豆漿の永和です。実はこの場所は、台北市ではありませんが、師範大にも国語日報にも近く、バスに乗れば停留所一つの所でした。で、早速教えてもらった住所へ行って部屋を見せてもらいました。

 大家さんは、典型的な中国人のおじさんで、咥えタバコで現れ、見た感じはなんか胡散臭い気もしましたが、親切に部屋を案内してくれました。そこは一つの古びたビルのような建物で、彼はそこのオーナーのようでした。この時は二人とも中国語がまだほとんど話せませんから、英語まじりの身振り手振り会話でしたが、何とか意思は通じました。

 ここでちょっと基礎知識として、台湾の都市部の一般的な住居に就いてお話をしておきましょう。私が行った時には、台北の建物はほとんどが鉄筋コンクリート作りのビルの形式を取っており、日本の木造の住宅のような物はあまり見かけませんでした。平屋のような作りの建物も、大体レンガを積み上げて作り、それにモルタルを塗って仕上げをしているような感じでした。お寺や廟(道教のお寺)などでもそうですから、日本の家屋のように温かい感じはなく、ひんやりとした冷たい感じがします。(因みに床にはタイルが貼ってありますから、本当に冷たいです。暑いからこういう作りにしているのかな?湿気が篭るのに…。(;^_^A)

 その鉄筋コンクリート作りのビル(住居用)は、大体階層ごとに売り買いされる様です。その時点では、その階層のフロア―はがらんどうで、何も造作はされていない状態です。そして、これを買ったオーナーが、自分の好みに合わせてレンガを積み上げて壁を作り、そのフロア―に応じた幾つかの部屋を設け、それを内装して住める様にするわけです。もちろん、最初からマンションの形式で建てられるものもありますが、普通のあまり大きくないビルなどは、皆上記のような形式で作られ、オーナーが、その出来あがった部屋を売ったり貸したりしている様です。

【 そのような住居目的のビルは、どの建物でも一階の入り口の所には頑丈な鉄製の扉が取りつけられており、インターフォンを通して(各階の各部屋ごとにボタンがある。)、その訪れる相手の部屋から、これを開けてもらわなければ中に入ることができません。現地の人は問題ありませんが、誰かを訪問する時には、我々外国人にとってはこれが最初の難関になります。言葉が話せないと絶対に開けてくれませんから。(T_T)そこを開けてもらってから、階段やエレベーターを使って目的の部屋に行っても、またそこにも頑丈な鉄製の扉があり、インターフォンで話をしてから開けてもらいます。そしてやっと目的の部屋へ入ることが出来ます。まぁ、今ではこんなことは日本のオートロック式のマンションでも当たり前ですが、台湾ではこのようなセキュリティーシステムがかなり昔から行われていたようです。 】

 ホテルの小姐から紹介してもらった大家さんのビルもこのような作りでした。彼のもっている階層はビルの上層階のようでした。私が見せてもらった部屋は、一番上の階にありました。N君は3000元ぐらいの部屋を探していたので、そこ(一つ下の階)を見せてもらい、私はもちろんクーラー付きの部屋をということで見せてもらったのでした。たしかこの時、大家さんの提示したクーラー付きの部屋の家賃は、6000元ぐらいだったと記憶しております。7000元ぐらいまでは出すつもりでいたし、部屋の内装もそれほど悪くなかったので、これに決めようかなと思って部屋を見渡していた所、ゲゲッ!!なんと、壁と天井のつなぎ目から光が漏れているではありませんか!!つまりこの箱(部屋)の上は青空天井なの?これじゃあ、雨が降ったらどうなるの?と思った私は、ここはダメだと諦めてしまいました。

 後で判ったことですが、このようなビルのオーナー達は、ビルの階層を増やす為に、屋上に屋根を作り、その下に部屋を作るのです。当時はそんなことなど夢にも知らない私は、「こんなひどい部屋を人に貸す奴なんて信用できないぞ」と思い、諦めた訳です。N君にも、このことは話したのですが、彼は値段が安いのが気に入ってここに決めてしまいました。

 という訳で、N君は部屋が決まり、すぐにそこへ引っ越していきました。(手荷物だけですから…。f(^_^))結局、翌日から私は一人でホテル暮らしをする事になりました。そうこうしている間に、国語日報での授業が始まりましたので、学校に通いつつ部屋探しをする羽目になってしまったのです。

(一体どうなっちゃうんだぁ〜。(゚o))

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   台湾雑話(家探し編その3)
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 さて、部屋を見つけることが出来ずに、ホテル暮らしのまま学校(国語日報)へ通う事になった私は、本当にあせっておりましたが、学校が始まってから2〜3日してもまだ定住地が決まっていませんでした。(;^_^A

 現地の多くの方の支援を受けて探したにもかかわらず、部屋探しは困難でありました。その原因は、おそらく私がクーラー付きの部屋にこだわったのと、もう年をとっていて、若いN君のように少々の居心地の悪い環境にも耐えることが出来なくなっていたからでしょう。もしこの時、二十歳そこそこの若さであったなら、恐らくN君と同じような部屋でも我慢できたと思います。しかしながら、もう三十二歳にもなった立派なオジンであった私には、出来るだけいい環境を選びたいという思いがあったのです。(お金も留学の為にある程度は貯めていたので…。(^^ゞ)

 国語日報のクラスは五〜十人ぐらいの生徒数でしたが、韓国人の方が結構多かったと記憶しております。授業は中国人の先生が中国語(北京語)で教えてくれます。N君と私は少しレベルが違ったので、同じクラスではありませんでした。私のクラスのテキストは初級の後半ぐらいから始めました。もちろん、教室内での共通語は中国語になります。この時はまだホントに中国語ができませんでしたが、少ないボキャブラリーの中から訥々と、クラスメートにその時の状況を語ったのを覚えております。そのうち、学校に通い始めて四〜五日経った頃でしょうか。クラスメートの皆もあきれて、「なんだ、おまえまだ部屋がみつからないのか。」と心配して聞いてくれたりしました。

 いつまでもホテル住まいをしているわけにも行かず、さすがに、このままではまずいと感じた私は、とうとう最後の手段に出ました。そう、不動産屋さんに頼んで探してもらったのです。日本では当たり前の事ですが、台湾の人達の部屋探しは、お金持ち以外は不動産屋さんに頼らず、借り手と大家の当事者どうしで話を決める事が多いので、仲介はあまり使わないようでした。

 しかし、この際そんな事は言っていられなくなったので、国語日報の授業が終わってから、師範大の方へぶらぶらと歩いていた時に見つけた不動産屋に「えーい、当たって砕けろだ。」と、飛びこんでいったのでした。どの様に話したらいいかと、不安もあった(当然でしょう。幼稚園の生徒が部屋を探しているようなものですから。(^^ゞ)のですが、相手はさすがに商売人です。そこには日本語の出来る人はいなかったのですが、親切に応対してくれたし、私の片言の中国語でもなんとか意志を伝える事が出来、早速私の出した条件に合う部屋を探してくれる事になりました。

 もちろん日本の不動産屋の仲介と同じで、一ヶ月分の家賃を手数料として払わなければなりません。しかし、その時思ったのは、「なーんだぁ。こんなに簡単に行くのなら最初から彼らに頼めば良かった。」という事でした。

 それから二日ほど経った時でしょうか、そこの会社の人がちょうどいい物件があったと、授業中に私を尋ねてきて、授業後に一緒に見に行きました。ロケーションなども考慮に入れてくれたみたいで、その場所は師範大と国語日報のどちらにも近い場所にありました。そこは広い道路に面したビルの四階にある部屋でした。クーラー付きの1K(四畳半ぐらいの広さ)で、ベッド備え付きで、シャワーとトイレが一体になっておりました。いわゆる套房と言うやつです。公衆電話(ボタン付き…これについては生活編の中で解説します。)もついていました。家賃は毎月7000元ということでした。

 内装(といえるほどのものはほとんど無い)も、今まで見た部屋の中では一番きれいでしたし、クーラーもついており、値段も許容範囲内でしたので、すぐに気に入りました。で、早速この部屋に決める旨を伝えて、契約をしてもらったのでした。と、この時点では一安心し、良い部屋にめぐりあえたと思ったのですが、これが大きな間違いでした。(T_T)実はこの部屋は大変な部屋だったのです。(-_-;)あぁ、この時もっと良く確かめておけば…。

 この後、私は後悔しながらこの部屋で約8か月間を過ごす事になります。(-_-メ)どんな部屋だったかというのは、次回からの台湾雑話(生活編)において、皆様に聞いていただこうと思っております。一応、家探し編という事ですので、最初の住みかが見つかった経緯までをお話して、家探し編を終わらせていただきます。

 ここから次の引越し先を見つけるまでのお話は、家探し編PartU.(生活編の後に掲載予定)でお話をしてみたいと思います。お楽しみに。q(^-^q)


                    ―― 家探し編 了 ――



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   台湾雑話(生活編その1)
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 前回は、やっと台湾での住所が決まったところまでお話しました。今回から
は、その続きというような感じで、当時の台湾での私の生活を書いていきたいと思います。もう10年ぐらい前の話ですから、所々記憶の欠落した部分もありますが、ゆっくりと記憶をたどりながら、思い出したところから書き進めていきたいと思っております。f(^_^)

 さて、私が落ち着いたアパートは、見かけはきれい(それまで見た部屋の中では、ということです。(;^_^A)でしたが、いろいろと問題があることを、住んでから気がつきました。(まぁ、こんなことは日本でもよくあることでしょうが…。(^^ゞ)まず、第一に挙げられるのは「騒音」でした。

 前にも申し上げましたとおり、私の部屋があったのは、大きな道路に面しているビルであり、ちょうどそこには信号がありました。日本でも大きな道路沿いに住んでおられる方達は勿論ご存知でしょうが、大きなトラックやバス、バイク、自動車などがひっきりなしに通行し、また信号で止まってから発進する時にエンジンをふかす音などは大変な騒音と振動です。

 その上、その道路はちょうど永和市に渡る架橋の始まり部分になっており
ましたから、少し高くなっておりまして、ちょうど4階部分に位置する私の部屋のすぐ傍で、そういう騒音がひっきりなしに聞こえてくるのです。窓を閉めていても何の役にも立ちませんでした。と言うか、うるさくて窓は絶対に開けられません。特に台湾ではバイクが多く、その騒音は朝から晩まで続きますから、耐え難いものとなります。私が不動産屋に提示した部屋の条件の第一は静かな所というものだったはずでしたが……。(T_T)

 じゃあ、何故ここを見に来た時に気づかなかったのかというと、実は一日のうちで一番騒音がマシなのは、ちょうどお昼を過ぎた午後一時から四時ぐらいまでの間なのです。この部屋を見に来たのは、不動産屋の計略かどうか知りませんが、ちょうどその一番ましな時間帯であったのです。ですから、その時の私は、道路際なのだからこんなもんだろうと別に気にもとめませんでした。それよりも、一番気になっていたのは本当にクーラーが付いているのかということだったので、クーラーが付いているという事だけで、ほとんど決めてしまったのです。(*_*)

 ところが、その部屋に住んでみると、一番うるさいのが朝(特に八時〜十一時)と夕方の通勤通学ラッシュ時です。そして、夜中になっても長距離輸送のトラックやバス、自動車の列が絶えることはありません。ほぼ一日中凄まじい騒音が続きます。やっと交通量が減るのは、夜中の三〜四時頃でした。そして、朝の五時頃になると出勤や仕事の車、バイク等が活動を始めるといった具合です。

 という訳で、私はここに住んでいた八ヶ月の間で、まともに眠った記憶がありません。ゆっくり眠れた記憶があるのは、ビザの書き換えで香港へ行った時に、ホテルで「なんと静かな(フツーのホテルの静けさですよ。)夜だ。」とぐっすり眠ることが出来た2日間だけだったのです。酷い話でしょう。

 その他にも問題がありました。それは停電(ブレーカーが落ちた?)と断水です。まず停電ですが、何回か経験しましたが、第一回目はそこに住んで三日目ぐらいに経験しました。夜、シャワーを浴びている時に突然停電してしまったのでした。幸い、洗い終わる頃でしたので事無きを得ましたが、もし石鹸まみれだったら、どうなっていたことでしょう。勿論部屋も真っ暗です。ところが、外を見てみると周りは停電などしてないではありませんか。しかも、どうやら私の住んでいるフロア―だけ停電した様でした。

 六月になって毎日三十度以上の気温の台湾です。クーラーが動かない悲惨さは言うまでもありません。かと言って、窓を開けると想像を絶する騒音です。その上、シャワーなども電気で沸かすタイプなので、これも使えず、次の日からお風呂にも入ることが出来ないという事です。異国の地で、誰と言って頼る人もなく、真っ暗な部屋の騒音と暑さの中で、この時は本当に泣きそうになりました。(T_T)

 実は、私は他の部屋の住人が大家さんに電話でもして、そのうちに回復するだろうと高をくくっていたのですが、他の部屋の住人は何一つ動きがありませんでした。恐らくこういう事には慣れっこになっていたのでしょう。しかし、このような場合、日本人ならすぐに管理会社とか大家さんに文句を言って、善処してもらうはずですが、中国人はどうも違う様です。じっと部屋で災難が過ぎ去るのを待つ様でした。

 たまらず、外国人である私が大家さんへ電話したのですが、最初の難関は電話機でした。コインを入れて相手の番号をまわすと繋がるのは日本では当たり前の事ですが、台湾の電話機は違っていたのです。日本の常識通りに電話をかけると、相手の声は聞こえるのですが、こちらの話す声が全然伝わっていないらしく、切られてしまいました。

 それまで、何回か台湾の街角で公衆電話を使った事がありましたが、それは日本の公衆電話と同じシステムでしたので、問題がなかったのです。でも、その部屋に備えつけてあった電話は、ピンクで何故かボタンが付いているのです。後で教えてもらったのですが、実はコインを入れて番号をまわし、相手に繋がったら、そのボタンを押さなければならなかったのです。それを押すことによってコインが電話機の中に完全に落ちて相手に通話が繋がるシステムになっていたのです。

 そんな事とは露知らず、私はこの電話機は壊れていると思いこみ、しょうがないので外に出て、普通の公衆電話から今度は不動産屋に電話をかけて事情を説明したのです。さすがに不動産屋はすぐにやってきてくれて、大家さんとも連絡をとってくれました。お蔭で暫くして復旧しましたが、この時本当に「あちゃー、えらいとこへ来てもたなぁ。」と思いました。以後、何回か停電があった時には私が大家さんに電話をかけて直してもらいました。きっと大家さんにはうるさい日本人だと思われていた事でしょう。(-_-;)
                         ―― 続く ――

 さて、次は断水ですが、このまま書きつづけるとあまりに長くなってしまうので、次回という事にさせていただきます。今回はほとんどグチになってしまいました。申し訳ありません。m(__)m

 今後は、台湾留学生活時の食事・洗濯・買い物・学習などの様子についてもお話していこうと思っております。ご期待ください。


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   台湾雑話(生活編その2)
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 それでは、今回も台湾雑話を続けさせていただきます。え〜っと、停電の所までお話したんでしたね。次は断水の話です。

 当時の私の部屋は一応套房(タオファン)でしたから、バスルーム(バスタブは無し、シャワーのみ)とトイレ(水洗)が一体?と言うよりごっちゃになった小部屋が附属しておりました。(もちろんそこに洗面台も入っています。)ですから、大変狭い所なので、シャワーを使うと便器までビショビショになってしまうという有様でした。シャワーは電気で流水を温水に変えるシステムの様で、日本のガス湯沸し器の電気版といったようなものでした。こんな機械は台湾に来て始めて見たんですが、日本では見たことのないものでした。流水を電気で沸かすのでパワー不足を常に感じていました。それに、前回の停電はこれを使っていた時に起こったことから考えると、きっと消費電力が大きいのだと思います。

 さて、停電から何日か経ってのことです。今度は、朝起きて顔を洗おうと蛇口を捻ったところ、水が出ないのです。「えーっ、嘘やん。」と思わず口に出してしまいました。歯を磨く前に蛇口を捻って正解でした。もし、歯磨きを始めてから水が出なかったら悲惨な結果になっていたでしょう。もちろん、すぐ大家さんに電話をしたことは言うまでもありません。その時、私は「停水」(ティンシュイ)と言ったのですが、中国語にそのような言葉は無いらしく、状況を私のたどたどしい中国語で説明しなければなりませんでした。こうして、苦労してやっと水が出ないことを伝えたのでありました。後で分ったのですが、こういう時に彼らは「没(有)水」(メイ〈ヨウ〉シュイ…水が無いの意。)と言うらしいです。(中国語を勉強している方は参考にしてください。(;^_^A )

【 因みに、飲み水は水道水を沸かして飲んでおりました。台湾では、日本と違い、水は必ず沸かしてから飲まなければなりません。生水を飲むと絶対にお腹をこわします。ですから、湯沸しポットは、引っ越したその日に購入しました。でも、飲み水の問題はそれほどではないのです。当時、既にコンビニなどは至る所にありましたから。ジュースやお茶など豊富な種類がありましたので、買って来れば良いのですから。】

 で、すぐになおしに来てくれるのかと思いきや、結局大家さんにも原因が解らないらしく、ほったらかしにされてしまいました。断水で一番困ったのはトイレが流せないことでした。何故なら、たとえ小便でも、流さないとすぐに臭いが発生してしまうからです。断水などという目に遭ったのは、子供の頃にかすかに記憶が残っているぐらいで、日本で便利な生活を享受してきた私にとって、驚きとともに情けない感情が湧きあがってきました。「なんで、30も過ぎてこんな所へ来て苦労しなければならないんだろう。」(高野山の道場でさえ水洗ですよ。まぁ、便器の下に川の流れのようなものを作っていたんですが。(^^ゞ)とはいえ、来てしまったんですから、しょうがないですよね。

 暫く(2〜3日)して、断水は自然に回復したのですが、私はてっきり大家さんが直してくれたものだと、その時は思い込んでいたのでした。しかし、根本的には解決していなかったのです。というのは、その後一ヶ月に一回ぐらいの割合で断水が発生しましたから。つまり原因不明の断水であったわけです。しかし、2〜3ヶ月住んでいると何故なのかうすうす分ってきました。実は、そのビルの屋上で何か工事をしていたのですが、そこで工事が始まる(時々来ては工事をしていた)と、決まって断水したので、恐らくその工事と断水となにか関係があったに違いありません。(後で思うに、工事業者が仕事を終えて帰る時に、元栓を締めて帰ったからではないかと思います。断水の時には工事業者はいませんでしたから。また、元栓のある場所はわかりませんでした。(-_-;))

 このような状況を何回か経験すると、こちらも「またか」と慣れっこになってしまうものです。(中国人の心境?)そして、私もたくましく成長しました。実は、断水になっても水の出る蛇口を発見したのです。それは、たまたまそのビルの上の階が臭いなと探検していた時に、屋上まで上がり、そこの工事現場でひとつの蛇口を発見したのでした。そして、断水の時に屋上に行って蛇口を捻ってみたのです。すると、なんと水が出るではありませんか。「ラッキー」と私は、以来バケツを買い込み、断水のたびに屋上に水を汲みに上がり、トイレの問題は解決したのでありました。また、いつ断水しても良い様に、汲み置きの水を用意しておくようになりました。歯磨きの時に困りますからね。(;^_^A まさに、サバイバル生活です。(^-^)v
                         ―― 続く ――

 断水の話はここまでとして、次はいよいよ生活編のメインである、食事や洗濯などの生活の話に移りたいと思います。が、それは次回からのお楽しみということで。


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   台湾雑話(生活編その3)
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 最近は日本でも台湾の食が紹介される番組が多いですね。私が台湾へ行く前にそういう番組があって、情報収集できていれば、もっといろいろな場所へいろいろなおいしい食べ物を食べに行ったことでしょう。ちょっぴり残念です。(^^ゞ

 さて、何年か台湾という外国で暮らして、帰ってきてから思ったのは、「日本という国は、なんと食べ物の値段が高い国なんだろう。」ということです。実は私は、日本に比べて生活レベルのそれほど高くない国で、我々外国人がその国の食べ物を安いと感じるのは、貨幣価値の相違などがあって、それが当たり前のことであると思っていました。でも、もし実際にその国に住んで、その国で収入を得て生活した場合には、それほど日本と差があるとは思ってなかったのです。ですから、台湾の場合もそうであると思っておりました。

 ところが、台湾に住んでみて愕然としました。やはり日本人の食費と交通費だけはバカ高くとられすぎであるということがよく分ったのです。因みに、台湾でも都市部では物価は田舎に比べてかなり高いようなんですが、台湾第一の都市、台北でも食料品などは日本の三分の一ぐらいの値段です。そう、例えば店に入って、日本で1000円ぐらいする定食と同等のものが250円から300円ぐらいで食べられました。(多分、日本の定食より量も質も豊富であると思います。(^-^)v )また、毎日朝食などに使うお金は100円前後でした。つまり、一日に1000円以内で充分に(日本の食生活より贅沢に!?(;^_^A)暮らしていけるのです。倹約すれば、さらに少なくて済むでしょう。

 交通費も安く、バスなどを使えば日本の半額以下の交通費です。タクシーでもやはり半分ぐらいだったでしょうか?ともかく、この食料品と交通料金については日本人は怒って然るべきです。先進国のアメリカやカナダ、ヨーロッパなどと比べても高いらしいですから。その点だけを考えると、日本は異常であると思います。住んでいると当たり前と思ってしまいがちですが。(;^_^A

 さてそれでは、いよいよ私が台湾でどの様なものを食べていたのか紹介してみようと思います。まず、普通に食事をする時などですが、これは殆どいつも「自助餐廰」というバイキング形式のレストランでお世話になりました。レストランと言っても、日本で言う大衆食堂のようなものですが、この自助餐廰は街の至る所にあってとても便利です。また、言葉もそんなに使わなくても良いので、外国人にとっては非常に重宝な場所です。

 そのシステムですが、まず店の入り口の所にいろいろな種類のおかずの入ったトレイが並べてあり、そこに客用の発泡スチロール製のおかず用のトレイが置いてあります。そこで、これを手にして、おかずの向こう側で構えている店の人に、自分の食べたいおかずをこれ、これ、と指差して合図すると、それを一定の量、入れてくれる訳です。

 続いて、おかずを盛ったトレイを持ってさらに奥に行くと、今度はご飯です。そこで、やはり店の人が、大きいお椀か小さいお椀か聞いてきますので、どちらか言っておかずのトレイを渡します。すると、そこには計量の機械があり、そこにおかずを載せて重量を計ってもらい、お金を払います。中には重量で決めずに、おかず毎に決まった値段があるところもあるようです。これは一概には言えません。

 そして、おかずとご飯を受け取り、店の中の好きな場所に腰を下ろして食べ始めれば良いのです。また、スープ(湯【タン】と言います)も店の片隅の大きな鍋で沸かしてありますから、自由に注いで飲みます。これは無料サービスです。(このスープは薄い塩味ですが、殆どお茶がわりのものです。因みに台湾では高級レストラン以外お茶はでません。)

 以上のようにして、3〜4品のおかずをもらって、大きな椀でご飯を食べれば、日本の定食屋の定食より豊富にいただけます。因みに値段は当時40〜60元、つまり160円から240円ぐらいです。おかずの中味は大体が中華料理風のもので、油で炒めた野菜や魚介類、肉類など、豊富なバリエーションがありました。また、「素食」と言って精進料理の店(もちろん自助餐廰です。)もたくさんありますから、たまに精進料理が食べたくなったらそういう店にもよく行きました。

 これは余談ですが、台湾の仏教信者は在家の人でも厳格に精進を守り、肉や魚は食べませんので、そういう人達の為にこのような店がたくさんあります。

 毎度のことながら、ちょっと前置きが長くなってしまったので、今回は「自助餐廰」の話しかできませんでした。次回はもう少し食べ物の種類や屋台の話等をしていこうと思っております。お楽しみに。o(^o^)o

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   台湾雑話(生活編その4)
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 前回は自助餐だけの話で終わってしまい、申し訳ありませんでした。m(__)m

 今回は自助餐以外の所を紹介してみます。まず、朝食からいきましょう。

 私が観察した限りでは、台湾人の若い人々の家庭のほとんどは、朝食は外食で済ますことが多い様に思います。共働きの多い中国の家庭では、おおよそ外食で済ます方が便利なのです。また外食とは言え、その種類も豊富であり、値段も安いからという理由もあるのでしょう。まず、屋台以外の店から見ていきましょう。

 さて、台北の街を少し歩いてみれば分りますが、至る所に明るいオレンジ色の看板(招牌:チャオパイ)に「漢堡」の文字が白抜きで表示されているのを見ます。また、その「漢堡」の下には「三明治」などと書いたものもあるでしょう。そのような店は、日本のたこ焼き屋さん等の店の様にオープンキッチン形式で、店先で鉄板を熱して、その上で何か焼いている風景がよくみられます。

 「漢堡」は中国語で読むと「ハンバオ」、「三明治」は「サンミンジ」が一番近いでしょうか。もうお分かりでしょう。(^_^)b「漢堡」はハンバーガー、「三明治」はサンドイッチの事なのです。つまりは、日本の喫茶店のモーニングサービスの部分のみを取り出した様な店なのです。このような店は屋台の発展形で、ほとんどの街角の一角に場所を占めております。実は、ここは朝食専門の店で、ジュースやミルクティーなどを飲みながらハンバーガーやサンドイッチをつまめる、安くて便利な店なのです。テイクアウトもできるし、もちろんその店の席に腰を降ろして食べても構いません。私は大体いつもテイクアウトでしたが。

 さて、そこで売っているハンバーガーは、日本のマックなどで食べるものとはちょっと違っております。大体、使っているパテの肉は牛肉ではありません。( 多分豚肉だと思いますが、もしかしたら何か他のものの肉も混ざっているかも!?(;^_^A )それに輪切りのトマトがのって、マヨネーズ(日本と違う甘いマヨネーズ)か何かのソースがかかっていたと思います。お好みで目玉焼き状の卵もはさんでくれます。もう、7〜8年前の事なので、記憶が不確かでどんな味であったかははっきりと覚えていません。また、レタスがのっていたかどうかも定かではありません。ハンバーガーもどきと言った方が正解かも知れません。f(^_^)でも、まずくはなかったと思います。

 サンドイッチはと言えば、トーストした食パンに甘いマヨネーズを塗り、ハム(これも甘い)をはさんだ物ですから、日本人の常識からしたらかなり甘いサンドイッチです。(ハンバーガーも甘かったけど。)はさむ具は、ハムの他にも「肉鬆(豚肉のデンブ)」などもあった様に記憶しております。これも甘辛く味付けしてあるので、全体的にかなり甘い味付けだという事が出来るでしょう。ですから、サンドイッチはあまり食べませんでした。

 飲み物は、私はコーヒーが好きなので、あれば注文するのですが、このような店にはコーヒーは無いので、仕方なく[女乃]茶つまりミルクティーを飲んでいました。この事(普通の店にはコーヒーがない!!(T_T))については機会があればまたお話致します。値段は幾らだったか、もうよく覚えていませんが、ハンバーガーとミルクティーを注文して、日本円でほぼ百円前後だったと思います。このような「漢堡」店には時々行きました。しかし、しょっちゅう行っていたのは、やはり豆漿と油条の店です。これについては以前にこのメルマガで少し触れた事がありましたね。(^-^)v

 豆漿や油条などを売っている店では、その他にも焼餅(シャオビン)、蛋餅(タンビン)、小籠包、馬来[米羔](日本の玄米パンのような蒸しパン)、焼賣、包子、饅頭等もありましたから、胃の調子と懐具合を考えていろいろと食べてみました。でも、前にも述べましたとおり、やはり私は豆漿と油条の組合せが一番おいしいと思います。(独断と偏見です。(;^_^A)それ以外でお勧めは、蛋餅です。もちろん、他の物もおいしいですが、さすがに朝からヘビーなものは胃にこたえますからね。蛋餅ぐらいがちょうど良いでしょう。

 蛋餅とは、鶏卵を溶きほぐした中に、刻んだ葱を入れ、これを鉄板に流して焼き、楕円形をつくります。その上に小麦粉でつくった薄皮を乗せて火を通し、それをクルクルと巻いたものです。唐辛子や醤油をかけてたべます。(因みに、食べやすい様に鋏でチョキチョキと切ってくれます。)シンプルかつ安い食べ物ではありますが、豆漿ともよく合い、結構やみつきになる物でした。一時期はこればっかり食べていた事もありましたっけ。f(^_^)他にも焼餅の中間を剥がしてその間に油条をはさんで食べる、焼餅加油条もお勧めです。豆漿によく合います。

 次はお粥の店です。台湾へ旅行などで行かれた方はよくご存知でしょうが、ホテルに泊まった時に出る朝食は、大体お粥と相場が決まっています。でも、日本のお粥の食べ方とはかなり違って、結構脂っこいおかずが3〜4品(炒めた野菜や豚肉のデンブ、佃煮のような物等)ついてきて、これをお椀によそったお粥の上にかけて食べます。

 このホテルで出るような白粥(お米だけ炊いた粥)を「清粥」と言い、食べ方は上記のような方法をとります。しかし、清粥以外にも多くの種類があるのは、日本で神戸や横浜の中華街へ行かれた方ならご存知でしょう。私が好きなのは「清粥」ではなくて、最近日本でも結構ブームになっているこの中華粥です。このような中華粥は粥と言うよりも、具だくさんの重湯のスープに近い感覚です。

 因みに私が台北にいた頃よく行った、ファーストフード店感覚のお粥屋さんでよく食べたのは、皮蛋痩肉粥(ピータンと肉がメイン)や海鮮粥(海老やいか、魚の切り身など)です。メニューには、その他たくさんの種類のお粥があったのですが、今覚えているのは広東粥ぐらいですね。因みに広東粥には豚の血で作った、肝臓のような味の物が入っているので嫌いでした。(^^ゞ

 ここでは、お粥の他に刈包(クヮパオ)と言って、四角な饅頭を半分に割って間に豚肉の角煮と野菜を挟んだ物もありましたから、それとお粥を食べるとお腹が一杯になって幸せになってしまうのでした。(^-^)v

 いやぁー、今回も長くなってしまったのでこの辺で終わりますが、次回は屋台の朝食に移っていきたいと思います。面白い食べ物が更に安く食べられます。o(^o^)o


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   台湾雑話(生活編その5)
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 台湾雑話にはいる前に、ちょっとお知らせと先日の大失敗のお詫びをしておきます。

 実はこの度、ヤフーでADSLに繋ぎました。以前(7月ごろ)から申請していて、本当は8月末に取り付け完了する予定であったのですが、これが大幅に遅れまして、先日(20日ごろ)やっと取り付けが完了したところです。下記がその新アドレスです。

            URL    http://www.geocities.jp/izk341/

            mail     izk341@ybb.ne.jp

 今まではダイヤルアップでトロトロと繋いで、しかも夜11時からのテレホーダイの時間を待ってネットサーフィンしておりました。またそのネットサーフィンですが、ダイヤルアップですので、見たいサイトなどが表示されるまでにかなりの時間を費やしていたのです。ところが、この月末より当然ながら環境が飛躍的に変わりました。今はなんと24時間接続の上、大容量のアクセスが可能となり、HPのダウンロードなどでも、ほぼ一瞬で完了します。

 何よりうれしいのはソフトのダウンロードの速度です。以前のダイヤルアップから言うと60倍のスピードらしく、ネット上からのアプリケーションのダウンロードなどもあっという間に済んでしまいます。実は私はベクターなどのサイトからフリーのソフトウェアなどをよく利用させてもらうのですが、今まで容量の多いソフト(主にロールプレイングゲーム)などは1時間とか2時間かけてダウンロードしていたのです。先日、ウィンドウズのアップデートでインターネットエクスプローラーのバージョン6.0をダウンロードしたときなどは、確か2時間半ぐらいかかったと思います。((;^_^A 眠かった…。)

 これがADSLだとなんと1/60ですから、1時間なら1分、2時間なら2分、3時間なら3分でできてしまう計算になります。こうなると、もう一種の快感のようなものを感じてしまいます。これからはタダのソフトをダウンロードしまくりたいと思います。\(^o^)/

 さて、なんか話がそれてしまいましたので、元に戻します。大失敗の話です。メールドレス等が変わったので、早速アドレス帳に載っている方々にお知らせせねばと思いました。それまで私は複数の方にメールを送った経験がなく、いつも一対一のやり取りでしたから、どうやったら一度に全員にメールを送ることができるのかと考えてしまいました。

 そして、もしかして皆のメールアドレスを全部選択して、宛先のところに入れてしまえば簡単じゃないかと思いつき、出来るかなと思ってCtrを押しながら選択してみたら出来たので、「お、これは便利だ」と思って、そのまま「メールアドレスとURL変更のお知らせ」を全員に向けて発信してしまいました。無知とは恐ろしいものです。(ToT) 

 結果は…。大変なことになってしまいました。どういうことかというと、送った相手の方それぞれにすべての方のメールアドレスが表示されてしまい、ご迷惑をかけてしまいました。

 この場を借りて再度お詫び申し上げます。申し訳ございません。m(_ _)m 以後は教えていただいたとおり、このようなお知らせはBCCを使って発信いたしますので、よろしくお願いします。なお、「気にするな」と暖かい返信をいただいた皆様、本当に有難うございました。m(_ _)m

 では、気を取り直して台湾の朝食「屋台編」にとりかかります。(^^ゞ

 さて、朝食の屋台はいろいろな物があったと思いますが、一番記憶に残っていてしかもよく食べたのは、飯[米團](ファントゥアン)の屋台です。この屋台は、二度目に引っ越した家のそばで毎朝出ていたので、よく利用したのでした。

 飯[米團]とは、言わば握り飯のようなものですが、材料は糯米(もち米)で、中に粉状になった具(何であるのか未だに不明です。日本で近いのはふりかけ、もしくは魚のでんぶというところでしょうか。)と高菜の漬物のような物が包まれており、結構いけるのです。この飯[米團]の形状は円筒形をしておりまして、ビニールの袋に入れてサービスしてくれます。食べる時は、袋ごとこれを握って少しずつ出して食べます。(だから、手は汚れません。(^^)b)

 また、この屋台では一緒に豆漿も売っていましたので、いつもそれと一緒に買っていました。因みに、このような屋台で売っている豆漿は、やはりビニール袋に入れてくれ、その口を紐でくくります。そして先のとがったストローをもらい、それを挿して飲みます。

 値段は大変安く、飯[米團]と豆漿で25元ぐらいでしたから、日本円で100円程度でしょうか。その他の朝食と比較しても最も安いものです。また、もち米で出来ているので腹持ちもよく、朝早く太極拳が終わってから食べても、お昼までお腹が空かなかったと記憶しております。

 私がよく利用したこの屋台は、かなり老齢のおばあさんが一人でやっていましたが、だんだんと顔見知りになって話をするようになった頃でしょうか、突然店が出なくなり、それきりになってしまいました。 (・・?) 病気でもしたのかなと心配しましたが、住所も何もわからないので確かめることも出来ませんでした。

 で、かなり飯[米團]にはまっていた私は、他のところでも飯[米團]の屋台が出ていないかと探したのですが、なかなかないんですねぇ、これが。結局、以後は台北でこのような飯[米團]の屋台に会うことはありませんでしたが、懐かしい思い出です。

 その他に朝食の屋台で印象に残っているのは、小籠包ですね。小籠包は日本ではもうすでに有名なので、説明する必要はないと思います。ただ、屋台ですから、高級店で出るようなスープ入りのものではありません。値段も大変安いです。まぁ、小さな肉饅といったところでしょうか。でも、屋台によって当たりはずれがあるので、おいしい屋台を見つけたら必ずチェックしておきたいものです。売り方は確か10個でいくらとか、5個でいくらとかだったと思います。豆漿と一緒に頼むと先の飯[米團]よりは少し高くなったと思います。

 そういえば、先の飯[米團]の屋台もそうですが、朝食屋台には必ず豆漿を売っているようです。小籠包の屋台も然りでした。売り方も同じくビニール袋に入れてストローを挿してくれます。(;^_^A

 それから、朝食屋台(朝食の時間が過ぎると消えてしまう。)というより、一日中出ている屋台で朝ごはんを食べることもよくありました。特に、台北駅前のヒルトンホテルの裏あたりに、「南陽街」という予備校生がたくさん集まる町がありますが、ここにはちょっとお腹を満たすための屋台がたくさんありましたので、YMCAに泊まっていた最初の頃は、よくこのあたりをうろついて、屋台で食事を済ませたものでした。この場所での屋台の話はまた次回に譲りたいと思います。今回はこの辺で。(^^ゞ

 【 南陽街: ここには予備校(補習班という)がたくさん密集しているので、学生や若者が多く暮らしています。 】

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   台湾雑話(生活編その6)
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 さて、早速南陽街辺りの屋台の話に入っていきたいと思います。ここはいわゆる学生の街です。場所は前回述べたとおり、台北駅の南側にあり、補習班と呼ばれる予備校がひしめき合っている所です。ですから、学生がたくさん住んでいたり、うろうろしていたりします。また、近くの重慶南路という通りには、本屋さんがひしめき合っていて、やはり学生にとっては良い環境なのです。

 それでは、屋台の食べものを思い出してみましょう。まず、葱油餅、油飯、小籠包、胡椒餅、[虫可]仔煎、香腸、肉圓、麺類、鍋貼、麺線、粽子、潤餅、蘿蔔[米羔]、猪血[米羔]、海鮮粥等など結構いろいろありますな。

 中には食べた事のないものもあります。麺線と猪血[米羔]は不味そうだったので食べておりません。麺線とは、日本で言う「そうめん」をグタグタに煮込んだもので、これをカップに入れてサービスしてくれます。味は、見た感じ恐らくしょうゆベースではないかと思いました。台湾の人たちは結構好きみたいですが、私は見ただけで敬遠してしまいました。どろどろなんですもの。

 猪血[米羔]というのは豚の血ともち米?を固めて作った、四角いお餅のようなもの(色はどす黒い血の色)で、串に刺してきな粉のようなものをまぶして売っております。これは気持ち悪くて食べられませんでした。同じく、土地の人たちは大好きなようでしたが…。あ、味を想像しただけで気持ち悪いですぅ〜。(>_<) また、台湾の麺類はいまいちなので、私は一度か二度食べたらもう食べなくなりました。もちろん湯麺、乾麺、種類は豊富にあります。でも、日本のラーメンにはかなわないでしょう。もし、中華圏で麺を食べるなら香港に限ります。個人的な好みですが。(^-^)v

 因みに私は鶏肉が苦手なので、上記の中には鶏肉を使ったものは入っておりません。(;^_^A 手羽(鵞鳥)とか、鶏の足先の部分とか、鶏の肛門の肉とか、気持ち悪いものがたくさんありました。ちょっと想像してみてください。きれいなおねえさんが鶏の足(爪のついている部分)をしゃぶりながら歩いている姿を…。こういう風景は台湾ではよく見かけますけど。

 さて、不味いものの話をしてもしょうがないので、葱油餅から解説して行きます。上記の食べ物の中で、餅とは漢字で書いていますが、日本で言う「もち」とは違います。餅というこの字は、現代中国では小麦粉を捏ねて作った生地を鉄板などで焼いたものを餅(bing3)というのです。ですから、葱油餅は生地に葱をたっぷり練りこんで焼いたものです。でも日本のお好み焼きなどとは違い、どちらかと言うと西洋のパイの感覚に近いものですが、パイともぜんぜん違います。(韓国のチヂミをもっと乾燥させて、内部は薄皮を何層にも重ねたようなものというのが一番近いかも?)まぁ、一度実物を食べていただくほかありませんね。(;^_^A

 この葱油餅、味付けは塩味で、非常にシンプルかつ安い食べ物ではありますが、うまい店(屋台)に当たると本当においしいものです。お好みで唐辛子醤をつけてべます。25元ぐらいで売っている一枚を食べると、ほぼおなかがいっぱいになってしまいます。豆漿と一緒にいただきます。

 続いて油飯ですが、これは中華風炊き込みご飯と言ったところでしょうか。チャーハンと炊き込みご飯の中間のようなものです。具も何か入っていましたが、もう忘れてしまいました。味はまあまあです。安くておなかがいっぱいになります。漬物つきです。お金のないときはこれが一番でしょう。値段は確か15〜20元ぐらいだったと記憶しております。

 小籠包は、前回朝食のところで説明したのと同じですので、割愛します。

 胡椒餅とは小麦粉で練った生地に葱、牛肉、胡椒のたっぷり利いた餡を包んで、丸釜の中に貼り付けて焼き上げた、パンのようなものです。ですから、生地は恐らく発酵させるためにイースト菌が入っているのではないかと思います。1個15〜20元ぐらいだったと記憶しております。味は独特で、慣れないと好き嫌いが出る味です。薬味に八角などの香辛料がかなり入っています。でも、こんなものかと、慣れるとおいしいものです。(^-^)v

 さて、まだ紹介はどんどん続きますが、だいぶ長くなってきましたので、今回はこの辺で終わらせていただき、次回に譲りたいと思います。

 このたびは、発行が遅れた上に予定の21日よりも更に大幅に遅れてしまいました。誠に申し訳ございません。なんせ、今月はスーパー忙しかったもので…。(ToT)

お許しくださいませ。m(_ _)m では失礼します。

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   台湾雑話(生活編その7)
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 今回も、引き続き屋台の食べ物を解説していきます。(^^ゞ

 さて、前回は葱油餅、油飯、胡椒餅の三品まで解説しました。その他の
物を、もう一度列挙してみます。[虫可]仔煎、香腸、肉圓、麺類、鍋貼、粽子、潤餅、蘿蔔[米羔]、海鮮粥等です。因みに、ここにはお菓子類は挙げておりません。お菓子などはまた別の機会に譲りたいと思います。

 では、まず[虫可]仔煎です。この[虫可]仔とは台湾語で、読み方は「オア」と言います。なんか虫偏が付いているので、気持ち悪いものかなと勘違いしてしまいますが、これは実は牡蠣(カキ)の事です。「煎」とは、本当は「煎餅」(ジェンビン)の略だと思われますが、油をひいた鉄板を使って、小麦粉や米の粉を練った物に、肉や野菜を加えて焼く料理を指すようで、日本語で使う「煎る」という意味ではありません。読み方は「ジェン」です。因みに日本語の煎餅(せんべい)と字は同じでも全く違うものです。どちらかと言うと、お好み焼きに近いものかもしれません。

 【 余談ですが、オアは台湾語、煎(ジェン)は北京語ですから、日本語の重箱読みのようなものと考えられます。つまり、現地の言葉と公用語との混合です。】

 と言う事で、[虫可]仔煎(オアジェン)とはカキ入りのお好み焼きのような物を想像して見ていただければ、割と近いです。でも、味は当然日本のようなソース味ではありません。作り方はというと、素人目で傍で見ていたため、正確ではありませんが、熱した鉄板に油をひき、そこへ牡蠣(結構小ぶり)をパラパラと6〜7個おき、その上から粉をといた物を流しいれます。(ほぼ円形。この液体は小麦粉と言うよりも太白粉の方が近いのではないかと思います。もしかしたら、米の粉かも知れませんが、食感から言うと、もちろん、焼いた部分は焦げてカリッとしていますが、でんぷんが熱で固まったような粘っこい感覚がありますので、恐らく太白粉と小麦粉の混合、または太白粉のみではないかと思います。)

 その上に何かの青菜を3〜4片おき、更に卵を割りいれて、それを潰して更に焼きます。裏返したかどうかは記憶が定かではないのですが、たぶん裏も焼いて、タレをかけてから皿にとってサービスしてくれます。このタレは赤みがかったピンク色で、味はかなり甘いものです。全体にどんな味かというと、生地の食感(トロネバ?)が独特で、甘いタレとあいまって結構うまいものです。お好み焼き好きの日本人なら、もしかしたらはまるかもしれません。台湾旅行の折は是非お試しください。o(^o^)o

 次の香腸(シャンチャン)ですが、これは中国ソーセージです。長さ10センチぐらいのごろごろっとした形状で、フランクフルトソーセージのような感じですが、色は赤っぽい感じです。その味はとても甘く、どちらかと言うと肉のお菓子のような感じです。甘い味も最初は嫌でしたが、慣れと言うのは恐ろしいもので、帰国する前の最後の一年ぐらいは、時々生の香腸を買ってきては、自分で焼いて食べたりもしていました。屋台で売っている香腸の値段は一本30元ぐらいだったと思いますが、台湾に暮らしていた当時の感覚からしたら、結構高いものだなという思いがあり、あまり頻繁には食べませんでした。でも、ソーセージは日本のしょっぱいのに限りますよね。(;^_^A

 この屋台は、どちらかと言うと夜に、盛り場などに出没します。ごろごろっとしたソーセージを炭火のようなもので焼いており、もうもうと煙を立ち上げている屋台がそれです。客層もたいてい柄の悪いおじさんたちが多く、若者が買っているところはあまり見かけませんでした。(子供はあまり食べないのかな?(;^_^A)香腸は「新東洋」などのお土産物屋さんで売っていますから、それを買って家で焼いて食べた方がいいかも。

 さて、麺類は不味いので、省略して次の鍋貼に参りましょう。これは、皆様日本でもおなじみの焼きギョウザのことです。実は私は鍋貼は1〜2度しか食べた事がありません。以前にもご紹介したとおり、中国では水ギョウザが主流で、水餃子を食べてからやみつきとなり、焼きギョウザを食べようという気にあまりならなかったからです。

 台湾の鍋貼つまり焼きギョウザは、日本のものよりちょっと大ぶりで、細長く端が開いております。(茹でないから開いていても関係ないという発想かな?)また、ニンニクですが、中国では、基本的にギョウザにはニンニクを入れないので、確か入っていなかったと思います。ですから、味は日本のものよりさっぱりしていたように思いました。後は日本のギョウザと同じです。でも、記憶があまりない為、全然当てにはなりません。念のため。(;^_^A

 今回も3つ紹介したところで、ほぼ、いい加減の分量になりましたので、後は次回に譲りたいと思います。来年またお会いしましょう。(^o^)/~~

 では皆様、良いお年を。m(_ _)m 新年快楽!!


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   台湾雑話(生活編その8)
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 前々号から、南陽街あたりの屋台の味を紹介するという事で、葱油餅、油飯、胡椒餅、[虫可]仔煎、香腸、肉圓、麺類、鍋貼、粽子、潤餅、蘿蔔[米羔]、海鮮粥等を紹介しております。もう少しお付き合いください。(;^_^A

 前回までで、葱油餅、油飯、胡椒餅、[虫可]仔煎、香腸、肉圓、麺類、鍋貼まで紹介したと思っておりました。で、ふと前回の原稿を見直してみると、「肉圓」を見逃しておりましたので、今回はこの肉圓から解説していきたいと思います。

 肉圓と書いて、中国語では「ロウユェン」ですが、台湾語では「バーワン」と言います。屋台などではこの言い方の方が多いと言うか、「ロウユェン」と言っているのはあまり聞いた事がありません。結構旨い物ですから、台湾へ旅行に行かれたら是非試してみてください。「バーワン」と言って注文しましょう。(^^)b

 さて、これはちょっと変わった食べ物です。と言うか、日本でこれと類似する作り方の食べ物は寡聞にして聞いた事がありません。台湾で初めて食べました。どういうものかというと、構造的には特殊な生地で作った皮の中に、ひき肉ベースの餡を詰めたもので、それにタレがかかって出て来るものなのですが、その作り方が変わっています。低温の油でじっくりと揚げるのです。実を言うと、低温の油で揚げるというよりは、油で煮るという感じの作り方です。こう言うと、何か油っこいものを想像されるでしょうが、油っこさはほとんど感じません。(私だけかな?(^^ゞ)

 ですから、外の皮も揚げたという感じではなく、ツルンとした透明感のある白色で、モチモチ感のあるものに仕上がっています。また、中の餡は多分豚肉のひき肉ベースですが、タケノコなどいろいろな具材が入っていますので、歯ざわりもなかなか楽しめます。なお、かかっているタレはちょっと甘ったるい感じですが、よくマッチしていると思います。

 この肉圓について私が最初に情報を得たのは、師範大学で中国語を習っていた時の事でした。ある日、授業中に雑談をしている時です。この肉圓が話題に上ったのです。その時の北京系の老婦人の老師が、台湾へ来て初めてこれ(肉圓)を見た時の話をしてくれました。肉圓を初めて見た時、彼女は外側の皮が変な白さをしているので、豚の脂身で作っていると思い込み、気持ち悪くて食べられなかったと述懐して苦笑していました。実はかく言う私も、その時までは肉圓の名前は見たことがあったものの、どんな物かぜんぜん知らなかったので、知識がなく、まだ食べる勇気がありませんでした。でも、この情報を得た私は翌日早速食べてみたのでありました。(^-^)v

 では、次に参りましょう。次は粽子(ゾンツ)です。これは、日本でも中華ちまきとして有名ですね。炒めたもち米に醤油等で味をつけ、干しえびや豚の角煮、卵の黄身などを一緒に竹皮に詰めて、蒸したり茹でたりしたものです。

 因みに、日本で売っているような肉の入ったものは肉粽(バーツァン)といいます。このバーツァン、台湾ではいたるところで売られており、日本の物よりもひとまわり大きいような気がします。また、コンビニなどには日本のおにぎりのように必ず置いてあり、味もまぁまぁというところです。ですから、言葉が不自由だった最初の頃は、よくコンビニでこれを買って夕食として食べたものでした。

 この肉粽は、店によって結構当たりはずれがあります。いろいろな店で食べてみましたが、今までで一番おいしかったのは、日本語学校の生徒の台湾人のおばさんが、端午の節句の時に持ってきてくれたのが最高でした。つまり、店で売っているものより、普通のおばさんが作る家庭の味の方がおいしいと言う事なのかもしれません。(;^_^A

 また、この粽子には他にお菓子系のものもあり、湖南系の蓮の葉で包んであんこの入ったようなものは独特の風味です。私はあまり好きではありませんでしたが…。(;^_^Aそれよりも、鹸粽(シェンゾン)と言って、鹿児島の「あくまき」のようなものの方が好きです。これは台湾でもめったに売っていないのですが、大変旨いものです。と言っても、味はほとんどなくて、砂糖や蜂蜜をつけて食べます。でも、その食感と淡白な味は今でも忘れられません。

 そういえば、一昨年鹿児島の「あくまき」を食べる機会があり、これは鹸粽と同じ様なものだと思って買って食べたのですが、やはり台湾で食べた鹸粽の味には及びませんでした。

 次は潤餅(ルンビン)です。これも台湾独特の物で、日本では見かけた事がありません。コンセプトとしてはクレープのようなものですが、味的には、なんとお好み焼きに近い味がします。でも、ソースは使っておりません。

 さて、どのようなものかと言うと、その屋台では大きな鍋の中に刻んだキャベツやもやしをスープで煮込んでいます。その隣に、まな板のような広い台を置き、その上で潤餅をつくります。その作り方は、まず既に用意してあるクレープのような薄皮(円形)を台の上に広げ、その上に鍋の中からキャベツを網杓子ですくって搾り、薄皮の上に棒状にして置きます。続いてもやし、その他の野菜を少々置き、更にチャーシュー(これは香港などで見られる紅い奴です。)の細切りを乗せ、調味料のような粉(きな粉も含んでいる?)を振りかけ、薄皮でくるくると巻きます。これをビニール袋に入れてサービスしてくれます。野菜がたっぷり摂れます。(^^ゞ

 作り方は大体お分かりいただけましたでしょうか?その味は上にも書いたとおり、不思議にもお好み焼きのような味+?なのです。また、店によってかなり味が違うので、好き嫌いが出るとは思います。

 実はある時、後輩が台湾に遊びに来て、二人で街をぶらぶらしていた時に、たまたまこの屋台を見つけて、これを食べさせた(いつも私が食べる屋台とは、全然味が違っていました。)のですが、なんと大変甘く作ってありましたので、彼はこれは甘すぎると言って結局全部食べませんでした。私がいつも行く屋台はうまいのですが…。運が悪かったのでしょうね。(;^_^A 皆様はおいしい屋台を見つけてください。

 今回も、いい加減の分量になりましたので、この辺で次回に譲りたいと思います。それでは失礼します。(^o^)/~~

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   台湾雑話(生活編その9)
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 さて、行きがかり上、今回も屋台の食べ物を紹介しようと思いますが、お粥は以前に触れた事があるので、後は蘿蔔[米羔]だけですね。実は、ここしばらくずっと食べ物の話ばかりしていたので、私も少し食傷気味になってしまいました。蘿蔔[米羔]の解説が終わったら、生活の話に戻したいと思います。好きな食べ物や飲み物の話は尽きないのですが、また折に触れて食べ物のそういう話をしたいと思います。

 では、蘿蔔[米羔]「ルオポガオ」です。蘿蔔とは大根の事です。[米羔]とは小麦粉や米の粉を主材料として作った食品の事です。因みに、年[米羔]とは日本で言うお餅のことで、蛋[米羔]とはかすてらのこと、蜂[米羔]とは蒸したお菓子のことを言ったりします。この場合は蘿蔔[米羔]ですから、大根入りの餅という感じなのでしょうが、うるち米の粉を使ったものですから、日本の餅のように粘っこくはないです。

 さて、この蘿蔔[米羔]はかなりポピュラーな食べ物で、台湾の人々もちょっと小腹がすいた時などにちょくちょく食べるみたいです。でも、朝食でこれを食べるというのはあまり聞きません。おやつ感覚または、点心の一種と見ていいと思います。

 具体的にどのようなものかというと、お米の粉で作った生地の中に、大根をメインに豚肉や干し蝦などを細かく刻んだものを混ぜ、箱型に成型し、それを蒸しあげます。そして、それをスライスして油をひいた鉄板で両面を焼きます。そのままでも充分美味しいのですが、好みで辣椒醤をつけて食べます。私がよく見たのは香港式(広東式)の蘿蔔[米羔]でしたが、売られているのは四角の切り餅状のものが一般的でした。もちろん、大きさは日本の切り餅よりはふた周りほど大きいですが、厚さは1〜2センチぐらいにスライスしてあります。

 食感は、餅よりは粘っこくないですが、両面焼いてあるので表面がカリッとしてまた香ばしく、更に米の粉で作ってあるので、適度なぷりぷり感がありました。塩味も適度についていて結構うまいものです。でも、どこに大根が入っているのかよく判りませんでした。まぁ、大根餅ですから、大根がたくさん入っているのだとは思いますが。日本でも、「おしん」で大根飯が有名になりましたが、この食べ物も、恐らく貧しい農民が米の粉や他の具の量を増すために大根を加えて作ったのが始まりではないでしょうか?

 さて、このくらいでひとまず食べ物の話は終わりにして、今度は留学生活で克服しなければならない、「洗濯」という問題について語ってみたいと思います。

 実は、このことについては、台湾に留学する前にいろいろな台湾留学経験者の人から一応情報を集めておいたのですが、それによると「台湾にはコインランドリーもあるし、もっと便利な自助洗というのがあるよ。」と教わっていました。でも、「コインランドリーがあるならいいや」と自助洗のことについてはシステムやどういう物かなどはあまりはっきり聞いていなかったのです。(なんと、コインランドリーがあることはあるらしいのですが、数は非常に少ないみたいです。(ToT) )

 そして、台湾に行ってからコインランドリーを探したんですが、アパートの近くには見つからなかったんです。(ToT) 日本の都会なら、コインランドリーは大抵の街角にあります。ですから、台湾の東京とも言える大都会、台北にコインランドリーがないとは夢にも思っていませんでした。その代わりに「自助洗」という店は至る所に存在していましたが…。でも、最初の頃は言葉が通じないため、「自助洗」に入る勇気もありませんでした。その為、洗濯物などは洗面所で洗っておりました。…石鹸つけて。(;^_^A 

 皆さんは洗濯機に頼らずに、手で洗濯をした経験がありますか?大変ですよ!!い〜え、洗うのはなんちゃないことですが、絞るのが大変なんです。パンツの一枚や二枚洗って絞るのであれば、どうという事はないのですが、たくさんの洗濯物を絞ると、なんと手の皮がズルズルに剥けてくるのです。この時ほど脱水機の恩恵を受けていた事を思い知ったことはありません。

 で、さすがに「このままではまずい」と思って勇気を出してアパートの近くの自助洗へ出向くことにしました。(;^_^A


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   台湾雑話(生活編その10)
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 前回よりの続きです。

 さて、勇気を出して前々から目をつけていた自助洗へ行ってみました。案ずるより生むが安しと言いますが、まさにそのとおりでした。洗濯物を袋に入れて持っていったのですが、店に入って主人に袋を示して渡すと、「あいよ。」という感じで計量器(小学校の時に体重を量ったようなヤツです。)に載せ、「〜〜元だよ。」と答えて受け取りを書いてくれました。その受け取りにはいくらいくらと値段と納期が書いてありました。支払いは洗濯物を受け取る時でよいとのことでした。 

「へぇ〜こんなに簡単なのか。」というのが正直な感想でした。要するに重さで洗濯物の量を計り、〜キログラムまでは〜元というシステムになっていたのでした。そのときの料金はもう忘れてしまいましたが、3キログラムまでは6〜70元(240円から280円)ほどでやってくれたと思います。洗濯の手間と時間を考えると安いものです。納期も2〜3日でしたから、洗濯物を自分で干して乾かす手間と時間とそれほど変わりませんから。

 さて、その洗濯物を納期に取りに行き、お金を払って渡してもらってまたびっくりしました。何故なら、洗濯物はきれいにたたまれており、大きなビニール袋に詰めてあったからです。『え〜っ、たたんでくれるのか!!す、すごい。洗って乾かしてたたんで袋に詰めてこの値段とは。安い!なんて便利なんだ!それに今度洗濯物を持っていくときにはこの袋を使えるぞ。』などとめちゃくちゃ感動してしまいました。

 また、その自助洗の仕事はどうだったかと言うと、一応汚れはきれいに落ちており、自分で洗濯したのとほとんど変わりません。これならもっと早くここに来ればよかったと後悔しました。なんと、そうだったのです。コインランドリーが無い訳です。だってこんなに便利なものがあったんですもの。そりゃー皆自分で洗濯するより自助洗へ洗濯物を持って行きますよね。僅かなお金で面倒な洗濯の手間から開放されるのですから。台湾で生活するなら、洗濯機などは不要です。迷わず自助洗へ持って行きましょう。o(^o^)o

 で、以後私は台湾に住んでいる間中、自助洗のお世話になりました。という訳で、台湾という国は食事は外食で充分間にあい、洗濯は自助洗で手間いらず、物価は日本よりはかなり安いと、慣れてしまえば大変暮らしやすい所であったのです。(^-^)v

 さて、台湾留学当初の衣食住については大体紹介し終わったので、次回からは中国語の学習や生活習慣の違いについてなど、紹介したり考察したりしてみたいと思います。ご期待ください。



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